坂本龍馬の元婚約者である千葉さなの墓が改葬された良い話

坂本龍馬の婚約者でありながら、結ばれることのなかった千葉さな(千葉佐那、もしくは千葉さな子)の名を知っているだろうか。

NIKKEI STYLEの2014年9月のこちらの記事『千葉佐那 龍馬が惹かれた剣術小町 ヒロインは強し(木内昇)』によると、幕末の江戸に、北辰一刀流剣術師範・千葉定吉の次女として生を受け、剣術に優れ十四歳にして免許皆伝。伊達家の姫君へ稽古をつけた程の腕前だったという。

剣術の修業で千葉道場の門を叩いた龍馬とさなが出会い、二人はいいなずけとなる。

龍馬はその後、土佐へ帰って脱藩。薩長連合の成立に奔走するなか、京で楢崎龍(お竜)と出会い結婚する。

一方、さなは明治維新後に横浜で元鳥取藩士と結婚するが、間もなく離縁。
東京の千住へ移り住んで、灸治院を開き評判を得るなどして、1896年に58歳で亡くなった。
さなの遺体は、谷中霊園に、同居していた妹はまの夫である熊木庄之助の名で土葬された。

しかし、やがて墓は放置され、戦後になり、都市の復興計画で谷中霊園が整理される際も、引き取り手が現れなかったとし、ほかの墓の埋葬者と共に八柱霊園の無縁塚へ合葬されていた。

歴史研究家のあさくらゆう氏が公開を求めた都の無縁墳墓改葬許可証からこの事が判明。これを知った熊木庄之助の孫にあたる熊木慶忠氏らが今年7月、仁寿院にある熊木家の墓へ改葬しようと、八柱霊園から、無縁塚の土の一部(無縁塚の石畳の下から採取した土を入れた骨つぼ)を譲り受けたとのこと。
(なお、改葬などのため、八柱霊園が無縁塚の土の譲渡を認めるのは今回が初めてだという。)

熊木慶忠氏は「ゆかりのある者として忍びない思いをしてきた。早く姉妹を一緒にしてあげたい」として、千葉家の菩提寺であり妹のはまも眠る仁寿院の熊木家の墓に改葬することを決めた。
仁寿院はかつては浅草に在ったが、現在は東京都練馬区練馬4丁目25−9に所在。

去る10月15日、熊木家や千葉家の子孫ら約40人が一堂に会し、本堂で読経の後、無縁塚の土が入った骨つぼを墓に納め、線香を上げた。

亡くなってから、120年経ってようやく姉妹で同じ墓に入ることができたというわけだ。

八柱霊園の無縁塚、練馬にある仁寿院の場所等の詳細については、こちらの『龍馬の婚約者千葉さな子、都立八柱霊園の無縁塚から改葬へ』が参考になる。