青山霊園に眠る「アメリカ彦蔵」もしくは「ジョセフ・ヒコ」こと浜田彦蔵って誰??

hikozou

2015年9月23日の毎日新聞朝刊の余録に、アメリカ彦蔵なる者の墓が青山霊園の一角にあることが紹介されていた。

紙面の関係で、詳しくは書かれていなかったが、なんでも、新聞の父とされた人とのこと。

東京の青山霊園の一角に和文と英文が刻まれた墓碑がある。幕末に漂流者として渡米した後、日本に帰還し、通訳となって活躍した「アメリカ彦蔵(ひこぞう)」(浜田彦蔵)の墓である。

興味がわいたので調べてみると、Wikipediaのページもあるし、吉村昭氏によって書籍「アメリカ彦蔵」にもなっていた。
(ご本人よる自伝も出版されている。「アメリカ彦蔵自伝(1)」)

なかなか劇的な人生を送っており、13歳までに父母ともに亡くし、航海中に船が難破し2ヶ月間太平洋を漂流。その後アメリカ船に助けられアメリカへ渡る。

一旦アメリカから日本へ帰還させる命令が出て、香港経由で帰ろうとするが、ちょうどアメリカが日本に開国を迫っている時で、自分たちが外交カードに利用されることを懸念し、ペリーがもたもたしている間に、再びアメリカへ戻る。

その後、帰化してアメリカ国民となるも、駐日公使・ハリスにより神奈川領事館通訳として採用され、1859年に長崎・神奈川へ入港し9年ぶりの帰国を果たした。

アメリカに帰った後、文久2年(1862年)にいずれ大統領となるエイブラハム・リンカーンと会見。

そして、元治元年(1864年)、英字新聞を日本語訳した「海外新聞」を発刊。これが日本で最初の日本語の新聞となり、これにより「新聞の父」と呼ばれることになる。

明治30年(1897年)12月12日、東京の自宅にて61歳で死去。日本人に戻る法的根拠が無かったことから死後、外国人として青山の外国人墓地に葬られたとのこと。

上の写真の、右端が彦蔵である。

今度青山霊園を訪ねる際は、その墓を探してみたい。