文学の香りが色濃く漂う「雑司ヶ谷霊園」

雑司が谷。

その名の由来は、南北朝時代に宮中の雑司職の者が職を辞した後で住みつき、その後も子孫が住んでいたためと、江戸名所記に書かれている。

江戸時代には、享保年間のはじめ、徳川八代将軍「吉宗」の鷹狩場があった場所としても有名。
そこは御鷹部屋と呼ばれ、常時70~80名がおり、鷹の飼育や訓練が行われていた。
門前に茶屋がひしめく鬼子母神や護国寺など、雑司ヶ谷一帯は江戸の庶民が訪れる信仰空間が広がってたのだ。
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墓マイラーの基本といえばここ「青山霊園」

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青山霊園は明治7年(1872年)、明治政府が神道を国教化した際、神葬祭専用墓地として設立された霊園だ。
神道では神社の境内に墓がつくれないため、外部に公営でつくられたという経緯がある。

そういった歴史的経緯から、「明治維新」に活躍した人々が、約26ヘクタールの広大な敷地で安らかに眠っているのだ。
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